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私事で恐縮であるが、最近新築アパートに引っ越した。随分改善されてきたとは言え、シックハウス症候群への配慮は中国ではまだまだである。そこで竹炭専門店を訪れた。店に入るなり、朝鮮族の経営者から「日本の方ですか?」といきなり流暢な日本語だ。朝鮮族は母語が韓国語、第二母語として中国語、それに日本語も授業として受けているので、片言であればほとんどの方が話せる。その方は、日本に長年留学されていたとの事。流暢で当たり前である。
さて竹炭に話を戻すと、竹炭はなかなかの上物。日本ではちょっとお目にかかれない立派な竹炭がかなりのお手頃価格で販売している。数種類の竹炭を購入し支払おうとした際、「あのぅ、お客さん、日本の方、あのぅ大阪の方は別ですが、日本人は価格交渉しませんよね。中国ではそれやっちゃぁダメですよ。損しますよ。私、日本で日本の方々に本当に色々と御世話になりましたので、日本人のお客さんにはこちらからまけてあげるんです」
何と親切な人だ、と感謝しながらも、この老松、上海在住歴4年とちょっと。音の煩さや交通ルールには未だに慣れないものの、徐々に郷に入らば郷に従ってきたつもりではある。特にこの様な買い物のシチュエーションに於いては、「まけて〜っ!じゃぁ帰る」式のハードな交渉や「お姉さぁ〜ん」の猫なで声でのソフトな嘆願、はたまたその合わせ技を駆使して、中国語勉強がてら値引き交渉を楽しんでいるのである。はて何故今回は?と思う間もなく答えは直ぐに。彼の柔らかい正しい日本語と、良質で安価な竹炭が、価格折衝を忘れさせたのである。彼が言う様に、もし大阪弁だったら「負けて〜な」、中国語だったら「太貴了!」と反射的に出るのだが、日本語の標準語ではそうはいかない。何故なら、思考は言語で行っているので、その言葉で考えたり行動している時は、自ずとその言葉に考え方が支配される。もしくは、そこ迄は行かずともかなりの影響を受ける。
他の例では、8歳児レベルに到達した私の中国語、最近“馬上” 注2) が直ぐ口について出る様になってきた。今までは“5分後に戻る”等と日本人的几帳面論理で言っていたのだが、“馬上”は使う方からすると何とも心地良いアバウトさだ。だって、10秒も数分も馬上、さらに30分であろうとも馬上の一言で済まされるのだ。ただ、言われる方の身としてはチト辛い。赴任4年超、馬上の最高待ち時間は3時間である。直ぐ来ると言われるも、待てど暮らせど来てくれない中国人。その時は日本語は忘れ、8歳児中国語で呟くのである。「没問題没問題。他来了時候他来了〜。已経一個小時過了?差不多差不多〜」(意訳:大丈夫大丈夫。来る時が来る時。1時間も経った? 中国5千年歴史、1時間なんて誤差誤差〜) そうすると、不思議とカリカリしないのである。何か自分の性格が大陸的になった様で気持ちが良い。演じている訳でも無いのに、自分の性格が明らかに変わる。また、それを判断する第3者としての自分も居る。非常に楽しいのである。私はこうやって、善し悪しで判断出来ない、善し悪しで判断してはならない異文化のストレスを軽減しているのかも知れない。
注1) より転載。
注2) 馬上は、直ぐに の意味。字の如く、馬に乗って馳せ参じる様子から。
注3) 今回は中国語の大らかさを述べたが、勿論逆もある。中国人同士の会話では、是不是、対不対、好不好etcと、相手に二者択一を頻繁に迫る。この迫力は、日本語では到底表現不可能である。
注4) 筆者がパーソナリティを務めるnet Radioがuploadされています。第2回 「中国人の声は何故デカい?」(後編)、是非お聴きになって下さい。
http://www.chinasupercity.com/blog/chinesesound/
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注5) 『老松の猫虎飯店』の著作権は、全て松原弘明に帰属します。無断転載を堅く禁じます。
謝辞) 執筆に当たり御協力戴いたyunyun朱,Rainy李、ありがとうございました。
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